« 歩く電気屋とVaio VGN U70P | Main | Gouldner on Reciprocity »

July 12, 2004

争点にならなかったこと

参院選であまり問われなかった女性議員の問題という秀逸な記事がありました。

今の日本の傾向としては、優秀な女性がむしろ、経済的な勝ち組に吸収されるような構造があるように見える。

とのご指摘にはいろいろと考えさせられました。「公」な場所に女性が出て行くと、少数派ですし、とりあえず「男」になるしかありませんね。私が大学を卒業して入った職場は、均等法までは女性がいなかった部門。優秀な女性の先輩は毎日終電まで仕事をしていました。そういう生活、「できなくはないけどやりたいかなあ...」と私は思いました。

「母」でもなく、「キャリキャリのキャリアウーマンじつは男?」でもなく、「平和運動」でもなく、女性のいろいろなイシューを代表する政治家が出てきてもよさそう。でも今回の選挙の「アリーナ」には入らなかったんですね。流行の分類でいったら「負け犬」代表みたいなものがなあ...数は多いんだし、既存政党にとっても良い「マーケット」だろうと思うけど。やらないしがらみを見え隠れします。中絶とか、「母」「平和運動」系が今までできていないテーマも「負け犬」系で引き受けられそうです。

今は女性に選挙権も被選挙権もあるけど、それとそのイシューが代表されているということは別問題ですね。市川房枝さんが生きていたら今の政治と社会をどうごらんになるか、うかがってみたいものです。

« 歩く電気屋とVaio VGN U70P | Main | Gouldner on Reciprocity »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 争点にならなかったこと:

« 歩く電気屋とVaio VGN U70P | Main | Gouldner on Reciprocity »